お話しで出た話題
オフライン
きい
沢山の方とお話しをし、それが私にとって刺激になっています。「へぇ、知らなかったな」、「そんな考えもあるんだな」、「凄いな」などと思う事が割と多いです。チャットが終わった後でも私は話した内容について考えてたりします。
割と書くのが好きなので、お話しで出た話題について少し書いていきたいと思います。
(以下では、話題に出たアジア圏と欧米の教育の違いについて書きました。私の経験に基づくものであり、他に優先するとは思いません。少し堅苦しい書き方ですが、お許しください。)
日本を含めアジア圏では常に「他との順位を競う」ところがあると私は感じます。テストの順位が教室の壁に掲示されるときはいつも憂うつでした。その順位リストを見ても、不得意な科目は頑張ろうという気が起きませんでした。
もちろん欧米でも競うことは当然ながら存在しますが、アジア圏との気合の度合いやベクトルが違います。例えばですが、日本の運動会にはクラス別対抗の徒競走があります。これは小学校でもあるもので、1位でゴールした子たちは点数がもらえます。4位は、頑張っても点数がもらえません。私はこのシステムがあまり好きではありませんでした。
クラスで**的に参加しなければならない徒競走で4位になった子は、自分は点数が貰えなかったという記憶が残ります。運動ができる子たち・運動が好きな子たちが競う部活動の大会と運動会は違うと私は思います。楽しむこと・最後まで頑張ったことは運動会ではあまり評価されていないと思います。「次こそ、頑張れ」「来年頑張れば良い」と運動ができない人からしてみれば、そのようなモチベーションはありません。
私が通っていた欧米の小学校の運動会は、子どもたちが参加したい・チャレンジしたい種目を自分で選択するスタイルをとっていました。友人と体育館やグラウンドを自由に周ることもできました。その一つにPotato sack race - ジャガイモ袋競争があります。
ジャガイモを輸送する丈夫な空袋に入って、ピョンピョンと前進し、ゴールを誰よりも早く目指すのですが、ゴールにたどり着くとキラキラした★のシールが1つ貰えます。順位を競ってはいますが、どんなに遅くゴールしても必ず★を1つ貰えます。1位も★の数は1つです。このシールを運動会参加カードに貼るのですが、私は★を集めるのが実に楽しかったです。
最後まで頑張った、それを褒める★のシールが1つの種目を達成する度に増えていきます。小学生の私には自分が運動が得意でなくても、ゴールまでたどり着いた頑張りを認める証の★が自分が自分で良いと肯定してくれるものでした。
これだと1位の子が報われず可哀想じゃないかと思うのかもしれませんが、運動会は「一番できる子を褒める」というものではなく「皆で競って認め合う」もののはず(というものだと私は思います。)なので、これで充分ではありませんか。
初等教育において、アジア圏では「良い結果」が「できる子」という考え方が中心にあり、欧米では「達成したこと」が「できる子」という考え方が中心にあるのだと思いました。どちらも人を伸ばすやり方だと思いますが、自己肯定感や自信をつけることを学んでから「良い結果」が「できる子」にするほうがいいようなが気がしてなりません。
自分で何が得意で、何が苦手なのかを自覚し、それぞれを飛び級制度や留年制度(本来ならば5年生だとしても苦手な科目は4年生のまま)で自分のペースで磨き上げる欧米のスタイルの教育方針とアジア圏の一律のレベルを一学年のうちに求められる教育スタイルとでは、将来的にはかなり違う質の人材が育つことにつながるのだと思いました。
長文失礼いたしました。
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